3/27 雪降る春の町で

 朝起きると雨だったはずの空はすでに雪に変わり、地に積もりはじめていた。庭の苔は雪に覆われつつある。冬を越しても青々としたモミの木に雪が映えていた。一方で芽吹き始めたモミジの枝は雪の重さで垂れ下がり、少し心配になる。

 

 娘は雪だ!と大騒ぎしているが、明け方まで雨だった雪は水を含んでベショリとしているようで、とても遊べる感じではない。コロナウイルスによる外出自粛要請もあり、家で過ごした。

 

 昼前に「食べ物買いに行かないと」と呟いたらこれまた家に籠る父が「ダメだよ!ダメダメ!知らないの!?外出禁止なんだよ!?不要不急でしょ!捕まるよ!」みたいに騒ぎ始めて不愉快になってしまう。いつものことだがなんなんだろうコイツは。

 とにかく父母僕弟の僕ら一家は他人を不愉快にさせる才能では右に出る者がいないくらい、この手の才能に溢れていて、今回は父にムカムカしてしまった。

「人生が不要不急な年寄りは黙ってろよ」と言ったら父はシュンとして自室に篭ってしまった。

 

 気を取り直して近所のスーパーに歩いて買い出しに向かう。娘が暴れたので連れて行くことにした。途中桜が満開に近い状態で雪をかぶる姿を見て、町の白さと空の白さに照らされた、桜の花の薄紅色のあまりの鮮やかさに驚いてしまう。

 普段白っぽく見えるソメイヨシノが桃の花かと見紛うほどに色鮮やかな桃色をしていた。

 

 不要不急だが娘を桜の木の前に立たせて撮影したが、カメラには普通のソメイヨシノとどんよりした空が映るだけだった。

 

 買い物の行き帰り、娘はずっと雪の多いところを探して長靴で踏み締めて歩く。時間がかかるので急かしていると娘から言われた。

「雪が好きなの」

「わかるよ、お父さんも子どもの頃、雪で遊ぶの好きでさ」

「大人になると雪が嫌いになるの?」

「今も好きだよ」

「じゃあなんで遊ばないの?遊びたくなくなる?」

「今も遊びたい気持ち、あるけどね」

 

 少し考えてから、「大人になると、やることがたくさん出てきちゃうのかも」と話したがもう聞いていなかった。

 

 娘がいつまでも元気でありますように。

 22世紀を見ることができますように。

 もう僕の人生も不要不急で、妻と娘に長生きしてほしいという欲望だけがある。

 

「雪用のスコップがないから、雪を集められなかった!」と娘は怒っている。次の雪はいつになるのだろう。